記紀からは、現実の世界の歩みを直接的に知ることはできない。けれども、書かれた時代の人々の頭の中はよく伝わってきます。事実の記録よりも、精神の記録というべきでしょう。
 また、記紀の成立を求めた、時代の要請は何かという観点も重要だと感じました。663年の白村江の戦いは、簡単に言えばそれまで倭国の影響下にあった朝鮮半島を、中国の新しい王朝、唐によって奪われたということです。倭国は、このまま唐が攻めてくるのではないかという圧迫感の中で、新たな体制を確立して対抗しようとしたと考えられます。ちょうど幕末、列強の東アジア進出を受け、明治維新そして国家の近代化を進めたのと、同様な現象です。
 681年から689年に編纂された「飛鳥浄御原令」、690年「庚寅年籍」による戸籍制度の確立、701年「大宝律令」による法制度の確立がありました。また7世紀半ばごろ国号を「日本」に変更し、673年には「天皇」の呼称を開始するなど「国のかたち」が描き直されます。その一連の改革の中で、本格的な正史の編纂は重要な位置を占める事業です。720年に日本書紀が作られました。 一方、712年に完成した古事記は、神の時代の分量は日本書紀と同じようなものですが、天皇の時代の記録は遥かに少なくなっています。

 以上は、古事記の精読を始めたときに書いたことです。 歴史的文献の原文は、考古学の出土物と同じく歴史的産物で、現存する物質的な資産です。 出土物の研究は、まず断片をひとつずつ洗浄してありのままを観察するところから始まります。歴史的文献も、まず原文をありのまま読むことが基本です。 「そのまま読む」とは、後世の解釈を通してではなく、完成時の姿を直接読み取ることを意味します。
 ところが序文こそ漢文としての読解が可能でしたが、本文で用いられたのは漢文に似る、日本語の独自の表現法でした。 古語辞典を使う場合も、記に関しては本居宣長説の無批判な継承を含み、絶対化できないことがわかりました。
 そこで「そのまま読む」ためには、日本書紀・中国古典・万葉集の参照、漢和辞典に掲載された古訓、上代の日本語文法の学習など、多様な手段を尽くすことが必要になりました。 この方法で突き詰めていくと、一般的な読みによるものとは、また違う姿が見えてきました。
 このサイトは、そのようにして読み取っていく経過を記録したものです。
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2016/06/02更新  2015年01月18日スタート 回数 アクセス